斜に構える頑固

日々思うことを綴る

やたらと個をもてはやす社会は

 歴史の浅いある国は、まずは個々がしっかり成長していくべきと考えた。当然ながら人は個では生きていけないので、集団を形成していく必要がある。したがって、家族や会社、地域などのコミュニティーを大切にし、そこに属することを望んでいる。仲間意識が強いが、自分の関わらない集団に対しては無関心である。

 歴史の長いある国は、その経験からしっかりとした集団が形成されていて、自然とそこに属し守られている。成長していくには集団にいてはだめだと思い、個として飛び出していく。人は個では生きていけないのに。したがって、家族やコミュニティーなどは壊れていく。所属意識は強いが、自分のいる集団に対して意外と無関心である。

 リアルでは個人主義を掲げて孤高を気取るが、ネットではコミュニティー形成に必死である。最近感じられる風潮だ。グループを形成することの重要性に気づいているからだろう。このネットでの集合がリアルへと反映されるのであれば有益ともいえようが、たいていは異世界の出来事である。一線引いた付き合い方がよろしかろう。

 少子化傾向を変化させたい場合は、個を尊重するよりも集団としてのあり方を考えなければならない。極端な話、個を排除すればよい。集団は維持しようとするが、個はどこまで行っても個である。家族やコミュニティーの大型化に努めてほしい。

 個々と集団の有り様を観察するのに、百数十年の政党政治を振り返るのが面白い。理想・理念・権益・利権が渦巻く本気の集団形成である。政党を飛び出す個の動き、分裂多党化からの収束などが見どころだが、現在では腐敗という集団形成のデメリットが意思決定の効率化というメリットを凌駕している。私が神なら、システムを再フォーマットし、集団を個々の状態に戻し再始動させてみたい。